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(無題)

 投稿者:LILIA  投稿日:2008年12月 2日(火)02時35分39秒
  西山さんのサイト『映画道』閉鎖されたのでしょうか…?
ショック(;_;)
 
 

『この首一万石』

 投稿者:井川耕一郎  投稿日:2008年11月14日(金)12時06分56秒
  人入れ稼業の井筒屋の人足・権三(大川橋蔵)は、浪人の娘・千鶴(江利チエミ)と相思相愛の関係。
けれども、身分が違うから、一緒になることはできない。
ああ、生まれ変わってくる時には、侍に生まれたい!とやけ酒を飲んで井筒屋に戻ってみると、小此木藩の道中のおともをする仕事が入ったと言われる。

この小此木藩の道中が「胞衣道中」という設定になっていることに、まず、はっとしましたね。
胞衣(えな)とは、赤ん坊と一緒に出てくる胎盤のこと。
この胎盤をきちんと埋葬しないと、赤ん坊は健やかに育たないと言われている。
というわけで、胞衣を江戸から故郷の小此木藩まで運ぶ必要が出てきたというわけですね。

伊藤大輔は身体障害のほかに、分身にもこだわりつづけてきたひとで、
『続大岡政談 魔像篇』のあらすじを読むと、
大河内傳次郎演じる神尾喬之助の復讐を助けるために、彼そっくりの姿をした者たちが六人現れて、江戸を混乱させるという展開が映画の後半にあるらしい。
伊藤大輔が脚本を書き、三隅研次が撮った『眠狂四郎 無頼剣』もまた、分身がこれでもかというくらい過剰に出てくる映画だったし、
『鞍馬天狗』でヤコブ商会がつくる贋金も分身といえるでしょう。
だから、伊藤大輔が赤ん坊の分身である胞衣に惹かれたとしてもおかしくはないわけですが、
それにしても、「胞衣道中」なんて、そんな奇妙なことが本当に行われていたのだろうか?
(もちろん、伊藤大輔のことだから、資料を徹底的にあさって見つけてきたネタなのだろうけれど……)

ちょっと笑ってしまうのは、一年のうちに三度も胞衣道中を行うはめになり、予算がなくなりかけているという設定ですね。
それで、胞衣道中の担当者は、経費削減のために人件費の安い人足を雇うことにした。
当然、道中の間も倹約は行われ、人足たちは晩飯のときに不満をこぼす。なんだ、徳利の一本もつかないのかよ、と。
すると、あとから若い侍がやってくるのですね。
ほんの口汚しにも足りまいが、と言いながら、自分たちの晩飯についてきた酒のあまりを持ってくる。
こういう侍たちの姿を見ていて思うのは、伊藤大輔は侍をサラリーマンとして描こうとしているな、ということですね。
となると、人足たちは今どきの呼び方で言うなら、派遣労働者ということになるでしょうか。

さて、胞衣道中の一行がある宿場で一泊しようとしたときのこと。
本陣に落ち着いた小此木藩のもとに、渡会藩の使者が来て、本陣を譲ってくれないか、と言いだす。
中小企業だからと言って見くびられてなるものか、と小此木藩のサラリーマンたちは意地をはるのですが、
結局、金をこっそり受け取って脇本陣に移ることに。
ところが、足にケガをして遅れて宿場に到着した権三はそんな事情などまったく知らない。
槍を本陣の玄関に立ててしまったために、渡会藩は激怒し、責任者の首をさしだせ、と小此木藩に要求する事態になります。

小此木藩の侍たちは頭をかかえる。こんなことで腹など切りたくない、と。
と、中の一人が言うわけですね。
権三の首をさしだそう。もとはといえば、これは権三が犯した失敗なのだ。それにやつは武士になりたいと日頃から言っていたではないか。
かくして、千鶴によく似た遊女(またしても分身のテーマ)のもとで飲んでいた権三は、宿に呼び戻され、髪結いの手によって侍ふうの髪形になる。
そして、小此木藩の侍たちは刀をぬいて言います。
黙って死んでくれ。死ねば、お前の望みどおり、侍にしてやる。

侍たちのムチャな要求に権三の酔いはふっとぶ。当然、死ねという命令を拒絶する。
そして、ここから権三と侍たちの死闘が展開するわけですが、これがとにかくすさまじい。
権三のふりまわす槍が、侍の顔を切り裂く。
口に突き刺さった槍の先が後頭部から飛び出る。
権三も傷だらけになり、ついには侍が投げた刀が目に刺さり、失明する。
もうスプラッターといってもいいような残酷描写がこれでもかと続くのですね。

結局、権三は代官所の鉄砲隊の一斉射撃によって命を落とすのですが、
地べたにただ倒れるだけの死に方なんて、主人公の死に方ではない、と伊藤大輔は思っているのでしょう。
一斉射撃の寸前、権三はあっ!と驚くようなアクションを見せます。
しかし、これについては、見てのお楽しみということで書くのはよしておきましょう。

それにしても、『この首一万石』という映画は、「派遣労働者残酷物語」とでもいうべき内容のドラマで、今の時代に通じるところがある。
ひどく生々しいというか、リアルというか、救いがないというか……。
フィルムセンターで16日(日)14時から上映されるので、この機会に見てはどうでしょうか。
 

『春琴物語』と『山を飛ぶ花笠』

 投稿者:井川耕一郎  投稿日:2008年11月11日(火)21時10分26秒
  渡辺護監督の伊藤大輔に関するインタビューをブログに載せたついでに、
今、フィルムセンターで上映している伊藤大輔作品についての感想をちょっとだけ書いてみようかな、と。

伊藤大輔は身体の障害に独特のこだわりをもっていた監督ですが、
特に盲目に対するこだわりは強いものでした。
『王将』の原作戯曲では、目の手術をしたということが台詞でほんのちょっと語られているだけなのに、
映画の前半では、阪妻演じる坂田三吉は、失明する危険があるにもかかわらず、将棋にのめりこむ男として描かれている。

また、『鞍馬天狗』では、杉作の姉・お力(琴糸路)は緑内障で目がほとんど見えないという設定になっていた。
けれども、彼女は木の札に爪で刻まれた文字(木目などがジャマして目が見える者には逆に読みとれない)を指先で読み取ってアラカン演じる鞍馬天狗を助け、
針で紙にいくつもの穴をあけて鞍馬天狗宛の遺書というか恋文を書くのですね。
灯りにその手紙がかざされると、針穴から光があふれ、文字が浮かびあがるのですが、
この瞬間は何度見ても素晴らしい。
針穴の手紙がまるで映画のフィルムの原型のように見えてしまう。

ところで、今週は「伊藤大輔と盲目」という観点から見て、興味深い作品が二本上映されます。
一つは『春琴物語』(14日(金)19時から上映)。
谷崎潤一郎の『春琴抄』の映画化だから、当然、盲目の話なのですが、
以前、ビデオで見たときには、佐助が自分の目をつぶすシーンが強く印象に残りました。
針で自分の目を突こうとしてなかなか突けないという芝居が延々と続き、一体これがいつまで続くのだろうと思っていたら、
唐突に思いもよらない形で目をつぶしてしまうのですね。
これには思わず、うーん……とうなってしまった。
スクリーンできちんと見直したいと思いました。

もう一本は『山を飛ぶ花笠』(12日(水)16時から上映)。
医者の娘・お俊(花柳小菊)は宗院(月形龍之介)という許婚がいるにもかかわらず、女形の竹之助(尾上梅幸)と恋に落ち、駆け落ちしてしまう。
地方の舞台をまわるうち、竹之助の芸は次第に認められるようになるのですが、
同じ頃から目も見えなくなりだすのですね。
竹之助はそれを宗院を裏切った罰だと考える。

しかし、目が見えなくなっても、竹之助は舞台に上がり続ける。芸にも磨きがかかってくる。
『山を飛ぶ花笠』が本当に面白くなるのは、このあたりからですね。
突然、吹きこんできた風で、舞台の灯りが全部消えてしまい、客が動揺する場面がある。
すると、ひとびとの動揺を鎮めるように竹之助が胡弓を弾く。
やがて、裏方たちがロウソクを持ってきて、芝居小屋の中はもとの明るさに戻るのですが、
気がつくと、客席の最前列に月形龍之介演じる宗院がいる。
宗院はじいっと竹之助の見えない目を見つめている。

その後、宗院はお俊を呼び出して言うのですね。「私には竹之助の目を治すことができる」と。
お前が私のもとに戻ってくるのなら、治してやろう、というようなこともにおわせる。
お俊はその申し出を断ろうとするのですが、
相手が宗院であると知らない竹之助は目の治療をお願いしてしまう。

それから数日後の夜。
宗院は竹之助の目をおおっていた包帯を取ると、
いきなり光を見るのはよくないから、行灯を背にして部屋の隅を向き、ゆっくり目を開けるように、と命じる。
竹之助は言われたとおりにするのですが、
思わず、ああっ、見えない……と口走ってしまう。
けれども、宗院はあわてず、
上を向いて天窓から入ってくる月の光を見なさい、と告げる。
またしても言われたとおりにする竹之助。
すると、今度は「ああ、見える……先生、見えます……!」

この場面でうなってしまうのは、目が見えるようになった瞬間の竹之助の顔を伊藤大輔が撮っていないことですね。
竹之助を演じる尾上梅幸は、ずっとカメラに背を向けたまま芝居をしている。
だから、目が見えるようになった喜びを描きながらも、
この場面には、目が見えない状態にもうちょっとだけとどまっていたいとでもいうような奇妙な雰囲気が、うっすらとただよっている。

実際、このあと、お俊は簪を手にすると、それで竹之助の目を突いて失明させようとする。
竹之助と一緒にいるためには、こうするしかないのだ、と言って。
このあたりのドラマの盛り上げ方もなかなか面白い。
『山を飛ぶ花笠』は、伊藤大輔にしてみれば、会社の注文をこなしただけの小品にすぎないのかもしれませんが、
それでもやっぱり伊藤大輔らしさが感じられる作品になっている。
伊藤大輔は本当に盲目にとり憑かれ続けた監督だったのだな、とあらためて思った次第です。
 

『狂気の海』レイトショー公開

 投稿者:井川  投稿日:2008年 7月 1日(火)08時50分33秒
  今、ユーロスペースで、高橋洋の『狂気の海』がレイトショー公開されています。
(『狂気の海』公式サイト:http://www.kyoukinoumi.com/

高橋洋は実に奇妙な存在です。
理論と実践があれほどバラバラな映画作家も珍しい。
高橋自身が撮った映画は、あまりおぞましくも、恐くもない。
彼が目指しているものとは、どこかずれてしまっている。

けれども、ひとを惹きつける何か変な味があるのも確かなのですね。
『狂気の海』については、渡辺護監督の感想が一番的確でしょう。
「高橋くんは……無邪気だ!」
子供の頃の夢想を大人になってから堂々と映画にしているようなところが楽しい作品ということになるでしょうか。

ところで、『狂気の海』の併映作品ですが、これがどれも興味深い。
中でも特におすすめは、
6日(日)の『YESMAN/NOMAN/MORE YESMAN』(松村浩行)と、
7日(月)の『アカイヒト』(遠山智子)
の二本になります。

『YESMAN/NOMAN/MORE YESMAN』については、ブログに批評を掲載しているので、そちらを御覧下さい。
 http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20080618

で、『アカイヒト』ですが、
これを撮った遠山智子は元映画美学校生で、
2期初等科、高等科とぼくのクラスの生徒でした。
人間というより、こけしやマトリョーシカを連想させるたたずまいで、
ちょっと恐い感じの子だったのをよくおぼえています。

たしか四年くらい前のある日、学校に行ったら、
そのこけしみたいな遠山智子がロビーの片隅にひっそりとたたずんでいました。
そして、ぼくの姿を見つけると、すーっと寄ってきて、
井川さん、これ……とビデオを差し出した。
ビデオの背には「アカイヒト」と書かれているだけで何のことやら分からない。
これは何?と訊こうとして顔をあげたら、
もう遠山智子はロビーにいなかった。

その夜、家に帰って寝る前に、
ふと思い出して、渡されたビデオを見てみようと思った。
粒子の粗いモノクロ映像の中、人影がいくつもぼんやり蠢いている……。
ああ、こうやって部屋の灯を消して見てみると、
このビデオ、貞子の呪いのビデオみたいだな、なんてことを思っていたら、
TVに一人の男の顔のアップが映った。
こいつ、どこかで見たことある……誰だろう……と、
布団から身を乗り出してTVに近づいてみて、ぞっとした。
映っていたのは、ぼくだった。
そういえば、前に遠山さんの映画にちょっとだけ出演したっけと思い出した。

画面に映っているのは自分だ!と気づいたときのあの感じは忘れられないですね。
ああ、おれは呪われてしまった!となぜだか反射的に思ってしまうくらいの衝撃があった。

その遠山智子が『アカイヒト』の解説をブログに書いていますが、
これがまたちょっと妖気がただよう文章です。
特に、その3などは……。
 http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/20080621

高橋洋が遠山智子の作品を併映作品に選んだのは、
自分が目指しながらも決してたどりつけない境地に彼女がいるからかもしれません。

とにかく、『YESMAN/NOMAN/MORE YESMAN』と『アカイヒト』の二本、この機会に見てはどうでしょうか?
 

シネマアートン下北沢

 投稿者:井川  投稿日:2008年 6月 7日(土)08時33分23秒
  ブログにも書きましたが、シネマアートン下北沢が昨夜の上映をもって閉館したと聞き、驚いています。

シネマアートン下北沢に初めて行ったのは三年前の七月。
大和屋竺特集のトークショーに出るためでした。
トークショーの時間は15分くらいの短いものだったので、
こっちで大和屋竺に関するインタビューや批評を集めた資料集をつくるので、それを配布できませんか、と申し出ると、
支配人の岩本光弘さんはその提案を快く受け入れてくれて、
かなりのページ数になってしまった資料集をコピーし、お客さんに無料で配布してくれたのでした。
ああ、この映画館は誠実なひとたちによって運営されているんだな、と感じたものです。

それから、シネマアートン下北沢には小さなオープンテラスがあるのですね。
プロジェクトINAZUMA上映のときには、喫茶コーナーで買ったハイネケンをそこで飲んでいたのですが、
天気のいい日はこれが実に気持ちがよかった。

で、ある日、いつものように喫茶コーナーでハイネケンを買おうとしたら、
井川さん、これを飲んでみてください、と泡盛を差し出された。
来週からオキナワ映画特集をやるので、期間中、泡盛とオリオンビールを出そうと思っているんです、とのこと。
酒の肴も出そうと思っているのですが、何がいいですかね?と尋ねられ、
思わず、やっぱりスクガラスですかね、と答えてしまったけれど、
そういうサービス精神も、実によかった。

シネマアートン下北沢のHPを見ると、喫茶コーナーのメニューには、こんなことが書いてありますね。

おにぎり100円
野沢菜・ちりめんじゃこ・シソ・ごま・わかめをご飯に混ぜ込んでいます。
ご注文を受けてからつくりますので、5分程掛かります。

ああ、これも食べてみたかった。

何だか映画館の話をしている感じではなくなってしまいましたが、
岩本さんたちが運営していたシネマアートン下北沢は、実に気持ちのいい映画館だった。
親会社の事情で、閉館してしまうのは本当に惜しい。
残念です。
できれば、復活してほしいものです。
 

はじめまして

 投稿者:ハルコネン  投稿日:2007年12月 7日(金)00時56分35秒
  初めてこちらに書かさせていただくハルコネンといいます。井川さんの上映会見させていただきました(といっても「女課長の生下着」の途中からなのですが)。
「移動ダイスキ」素晴らしかったです。自分は映画でなく、漫画関連で仕事をしているものなのですが、ジャンルの差を越えてうたれるものものありました。表現しようとした時に、その表現を「自分にとって気持ちいい」という水準で終わらせない、過剰さに向けて流れ出すものとする「何か」を感じさせてくれる体験でした。本当に観にいってよかった。仕事先の漫画家なんかも誘い出していけば良かった、と後悔しています。
感想、「ソドム城へようこそ」と「ソドムの市 公式」のBBSに書きました。もしよければ読んでみてください。
 

井川耕一郎上映会 トークショー

 投稿者:粕谷メール  投稿日:2007年12月 1日(土)00時24分22秒
  トークショーが決まりました。

井川耕一郎×大工原正樹×常本琢招 監督です!
 

井川耕一郎上映会

 投稿者:粕谷メール  投稿日:2007年11月 4日(日)08時38分53秒
  待ってました耕一郎!
今年最後の上映会は井川耕一郎監督です。
講師の作品なんてみたことない、という美学校生。
1本見れば「井川耕一郎って一体なんなの?」となって、
3本見れば井川耕一郎の謎が深まること間違いなし。
久しぶりに見直したいと思っている講師・お知り合いの人。
どしどしご来場ください。好評なら監督作品一挙上映会もやります。



あなたの知らない井川耕一郎上映会

2007年12月2日(日)
場所:映画美学校 第二試写室
13:30~ 『ニューハーフ Monogatari』
      1997年 84分 脚本・井川耕一郎 監督:山岡隆資
15:10~ 『女課長 No Namashitagi』
      1994年 60分 脚本・井川耕一郎 監督:鎮西尚一
16:20~ 『移動daisuki』 2003年 100分 監督:井川耕一郎
18:10~ トークショー(考え中)

※『移動daisuki』ある時代劇映画の巨匠に関する映画論映画です。


入場料(カンパ) 300円
プロジェクトINAZUMA http://d.hatena.ne.jp/inazuma2006/
   お問い合わせ先 inazuma2006@mail.goo.ne.jp
 

「三代目襲名」

 投稿者:三島  投稿日:2007年 6月18日(月)19時18分51秒
  肉敏さん、僕の拙い文章を早速読んで頂き、ありがとうございます。
こうしてリアクションが返ってくると、必死に書いたのも無駄ではなかったかな、と救われた気分になります。

続きは近いうちにアップされる予定です。
残りの文章が、期待に耐えるだけの強度を持ちえているか、心もとないですが…。
僕としては読んで頂いた方が、「(もう一度)この映画を見てみよう」と思ってもらえれば、成功かなと思っています。

ちなみに、今レンタルビデオ屋に置いてある「三代目襲名」のビデオ版は、トリミングされていて、文中で扱われている人物の動きなどが見えなかったり、見づらくなっています。
ご覧になる場合は、販売されているDVD盤が良いかと思います。もちろん劇場の大きなスクリーンで見るのがベストですが。
 

しまった!

 投稿者:肉敏  投稿日:2007年 6月18日(月)06時20分24秒
  三島くんの「三代目襲名」論、鶴田浩二が桃を両手にして持て余しているようなあの中途半端な格好、あれはとても気になっていたのですが、それをラストの拳銃と刀に結びつけ、両手をふさがれる主題へと展開するに及んで、加藤ファンとしてはその視点を思いつけなかったことに「しまった!」と地団駄を踏むばかり。続編、早く読みたいです。  

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