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常葉学園菊川高等学校・佐野 心 監督
少しでも長く野球とつながっていたい。その思いから高校野球の指導者という道を選んだ佐野監督。自身が厳しく険しい野球人生を送ってきたからだろうか、とにかく佐野監督の選手に対する姿勢はつねに温かい。
佐野 楽しくなければ野球なんて意味がないんです。卒業後、大学やプロで野球を続ければ、どうしても辛いことや厳しいことが待っている。だったら、高校野球ぐらい、楽しく、精一杯、完全燃焼させてあげたい。
こういった佐野監督、常葉菊川の指導方針は、現在の高校野球界に対するアンチテーゼのようにすら感じる。
佐野 夏の大会後、ありがたいことに全日本の指導もさせていただくことができたのですが、他校の生徒とうちの生徒との野球観の違いにはびっくりしました。例えば、無死一、二塁のチャンスの場面、他校の生徒はベンチから「落ちる球に気をつけろ!」とか「慎重に!」といった、いわゆる「失敗」しないためのアドバイスを送ります。でもうちの生徒は「一発狙っていけ!」「初球から打っていけよ!」といった「成功」をイメージした激励の声援を送る。お互いが全く正反対のことを言うので、選手たちは少しとまどっていましたね。他校の生徒はうちの生徒のそういう声を聞き「はぁ!?」という顔をしていましたから。私自身も、大阪桐蔭の西谷監督とは、全日本で野球観について激論を交わしました。
高校野球のセオリーとは相反するといっても過言ではない佐野監督の指導方針。しかし、それこそが野球の本来の姿、原点であると佐野監督は言う。
佐野 全日本でブラジルへ行った時、現地の試合を見て度肝を抜かれました。ブラジルの野球は、1点入るだけでもうお祭り騒ぎ。まるでサヨナラ勝ちのように選手たちがグラウンドに飛び出していく。ブラジルはサッカーが盛んなので、その影響もあるかもしれません。国民性も日本人とは全く違いますからね。でも、よく考えると、それって全く不思議なことではない。自分のチームに点が入れば、うれしいのは当たり前。日本では、勝負が完全に決するまでは冷静でいなければならない、という美学もありますが、私にとってブラジルで見た野球はとても新鮮でしたし、逆にこういう野球があってもいいのかな、と感じました。子供の頃、近所の友達同士で興じた野球のように、1点に大騒ぎする。これこそ野球の原点ですよね。もちろん、日本の高校野球でそんなことはできませんが(笑)。
「つねに楽しく、全力で」を心がける。佐野監督の指導はその一言に尽きる。
佐野 だから、特別な指導や練習なんて何もやっていないんです。多くの強豪校は、それぞれ独自の練習法などを行っていますが、うちはいたってシンプル。ケースバッティングや右打ちの練習すら一切やりません。とにかくフルスイングして速い打球を飛ばす、全力でピッチングする、それだけです。私たち指導者の役目は、選手の実力を引き出し、それを試合で100%発揮できるようにしてあげること。それ以上でもそれ以下でもありません。
常葉菊川といえば、どうしても「打撃のチーム」という印象が強いが、意外にも佐野監督は決してそうは思っていないようだ。
佐野 確かに強攻策をとってそれが成功し、大量得点を取るのもうちの野球です。ですが、守備力、投手力も他校に負けているとは決して思いません。現に昨年、今年と田中(2007年横浜ドラフト1位)、戸狩といった高校野球界でも指折りのエースがうちにはいましたし、大事な場面でしっかりと守ることもできた。打撃だけのチームでは、とても甲子園の決勝に進むなんてことは無理です。
全員がフルスイングする常葉菊川のスタイルが、どうしても見ているものに「打撃のチーム」という印象を与えてしまうが、「常に全力を出す」姿勢は投手陣、守備陣にも変わりはない。
佐野 今年の夏は、エースの戸狩がひじを痛めて本調子ではなかった。だから全試合全イニングを戸狩一人に任せるわけにはいかなかった。でも、ここぞという場面、試合の一番盛り上がるところでは、戸狩をマウンドに上げました。打たれても抑えても、エースである戸狩がマウンドに立っていれば、選手も私も納得できる。緊迫した場面でも決して逃げず、自分の出せる力の限界に挑むのがエースですから。
つねに全力、真っ向勝負。それがよく分かる試合が07年の選抜大会にあった。
佐野 当時、私は部長としてベンチに入っていましたが、相手は大阪桐蔭。全国の注目が4番の中田翔君に集まっていました。そんな中田君相手に、エースの田中は全打席真っ向勝負を挑みました。それも内角をどんどん攻める強気の投球。少しでもコントロールを誤ればスタンドに持っていかれる可能性は十分にありました。でも、打たれなかった。私たちは、田中の力を持ってすれば、たとえ中田君でも決して打たれないという自信があった。田中はそれに見事に応えてくれたんです。あの試合は、指導者としてというより、一野球人としてしびれましたね。一生の宝になる思い出です。本当にいいものを見せてもらった。
普通であれば勝負を避けてもおかしくない。しかし、「勝ち負け」にこだわらないからこそ真っ向から全力で勝負することができ、それが勝利につながるのだ。
佐野 正直、全国の強豪校がうちと同じ指導方針をとったら、とんでもないことになるかもしれない、と思うことさえあります。あれだけの才能を持った集団が、その力をすべて解放したら、とても太刀打ちできないんじゃないかと。もちろん、今の高校野球全体の指導方針が間違っているとは思いませんが、勝利優先主義が選手の才能を抑え込んでしまうことがあることも事実だと思っています。だからこそ私は、決して選手を抑え込むことなく、気持ちよくプレーさせてあげたいのです。
他の強豪校とは一線を画す常葉菊川の野球。そこには、選手一人一人を大切にする佐野監督の信念が詰まっている。
佐野 生徒の中には、高校野球を終えて野球を辞める者もいます。就職や進学しても、もう野球は続けないかもしれない。そんな野球人生最後の瞬間、少しでも後悔を残させたくない。試合に出ている選手はもちろん、試合に出られずベンチやスタンドからチームメイトを応援する選手も、自分たちの代表である選手が最後まで力を出し切れば、絶対に後悔などしないはずです。「野球にたらればはない」とよく言いますが、だからこそ「○○だったら」「○○しておけば」と思うことがないよう、日々の練習、試合を精いっぱい戦ってもらいたい。それが、私が選手に望む唯一のことです。そして、悔いのない野球人生が送れた時、それに少しでも私が役立てたのであれば、言うことはありません。
高校、大学、社会人、プロ野球・・・幾多の「野球」を経験し、その経験から生まれた「信念」を持って選手に接する佐野監督。08年9月には森下監督が復帰し、佐野監督も部長に復帰した。しかし、「悔いのないよう、自分の力を出し切る」常葉菊川の野球は何も変わることはない。(花田)
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