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2009年08月15日
寒川の元主将で、お笑いコンビ「ココリコ」の遠藤章造さん(38)が14日、東京都内で朝日新聞のインタビューに応じた。(聞き手・清野有希子)
――野球部ではどんな生活をしていましたか?
僕は第1期の寮生。毎朝6時に起きて、まず6時半から練習。学校が始まる午前8時半ぎりぎりまでやってました。放課後も、午後8時半ごろまで練習した後、寮に帰って洗濯したり食事したりして、夜10時に消灯という生活やった。
消灯から朝までが唯一の自由な時間だったけど、夜更かしする体力は残っていなかった。寝ていても、野球の練習をしている夢を見たこともある。そうすると起きても寝ても練習となって、翌朝の気分は最悪やった。
野球のことしか考えていなかった。恋愛もしてないし、はやっていたものも知らなかった。お盆に2日ぐらいと、正月に4日ぐらい休みがあり大阪の実家に帰った。最初は瀬戸大橋がないしお金もなかったから船で。休みが終わり、神戸から香川に戻る船に乗っている4時間10分は「また、つらい練習が待ってるな」と思った。今となったらいい思い出ですけどね。
――なぜ寒川を選んだのですか?
一番熱心に誘われたからです。野球は人生そのものでした。すべてのパワーをぶつけてました。ご飯食べるのも、寝るのも野球のため。すべて、「甲子園に行きたい」という気持ちからでした。
――なぜ芸人の道を進んだのですか?
18歳で卒業し、香川などでコピー機やファクスを売る営業をしていました。20歳になって、ふと「このままでええんかな」と思ったのです。小学校の卒業文集に、将来の夢はプロ野球の選手と芸能人って書いてたから、「もう一つの夢を目指そうかな」と。初舞台は20歳の時でした。
――甲子園はどんなところですか?
近くて遠いなあ。大阪の実家から電車を乗り継いだら30分でつくけど、野球でグラウンドの土を踏むのは遠い。こういう仕事をしていると、取材で甲子園に入らせてもらうこともあるけど、グラウンドに入るのは極力断ってる。ずっとあこがれてた場所だから、自分の中では、聖地の中の聖地なんです。
――初戦です。後輩たちに一言を
高校野球は結果じゃないと思う。悔いが残らないよう、思いっきり暴れてほしいんですよね。エラーしようが三振しようが、甲子園でやってるとかっこいい。
僕は、その時やれることはやったし、全然悔いは残ってません。全力で、思いっきり、楽しんでやってほしい。今年はお客さんもたくさん入ってるし、うらやましいです。
◇
遠藤章造(えんどう・しょうぞう)さん 寒川で内野手として活躍。主将だった第71回香川大会(89年)では、3回戦で尽誠学園に敗退した。92年に田中直樹さんと漫才コンビ「ココリコ」を結成。大阪府出身。
http://www2.asahi.com/koshien/column/akogare/OSK200908150005.html
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