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>>「戦死に計上した」というのはグースさん独自の解釈にすぎませんね。
>例えば、虐殺派筆頭の笠原教授も、中国側記録の戦死には捕虜として殺害されたものが
含まれる可能性が高いとしていますね。
笠原が「中国軍の「軍事報告」において戦死には捕虜として殺害されたものが含まれる」としたことはない。グースさんの捏造。
>この辺は学問の素養の問題になってくるわけですが、当事国作成の公式資料の戦死について特別な注記がない場合、行方不明で戻ってこないものが含まれると解釈するのは
この手の学問の常識になります。
軍事報告で戦死が確認されないものを戦死と報告する例はない。「戻って来ていない」という状態を報告する必要があるならば、「損失」とすればよいだけの話。いろんな種類の損失をひっくるめて「戦死」と表記することはない。これは世界の常識、世間一般の常識。
>>1941年からは戦死・戦傷に加えて、失踪という項目が出現します。
>>失踪は1940年までは戦死の中に含まれていたものを新たに分類したものなのか、
>>それともこれまでの分類に計上されなかった範疇を新設したものなのか。
>当該資料は軍事報告であって、戦力の増減を示す目的で作成されたものなので、大量の未帰還者を統計から外す理由がありませんから、もともと、戦死に含まれた未帰還を、失踪という形で分割したとしか考えられませんよ。
戦力の「増減」を示す台帳ならば新兵徴募があるはず。戦力の増減を示すのではなく、表記のごとく被害の状況を示すものである。どうもグースさんはやけになっているようです。
>ちなみに、なぜ「失踪」が追加されたのか推測しますと、未帰還兵の中には汪兆銘の
南京政府側で生存しているものが相当数確認されたからではないでしょうかね。
蒋側の中国軍が傀儡軍の生存兵を見つけられるというグースの思考回路が不思議です。
傀儡軍兵士は自軍の戦力ではありませんので、自軍の「戦力の増減」に表記することはありません。このような説明を考えつく、グースさんが哀れです。
>>日本軍は11月8日までに9115名の戦死者を出しています。中国がいくら準備して陣地戦に臨んだとしても終局は敗北して撤退しているのですから、日本軍より被害が少ないわけはありません。
>203高地の例を挙げたと思いますが、勝利した日本側の損害はロシア軍の5倍でしたよね。陣地戦の場合、攻撃側が苦戦するというのは常識的なことですので、中国側の被害が少ないとしても別に不思議はありません。
203高地攻略は旅順攻略戦の一局面である局所的陣地戦ですから、広大な地域を巻き込んだ上海戦と比較するのは当を得ません。比較するなら上海戦と旅順攻略戦です。
グースさんが主張したのは上海−南京戦の戦死項目は純戦死に捕虜(殺害されたと生存を問わず)と失踪を含む戦力の損失であるということでした。
旅順攻略戦では日本軍の損失は15000名の戦死、ロシア軍の損失(戦死、捕虜)は28000名を越えます。小規模の局地戦闘でならばまだしも、一地方を巻き込む大規模な激戦において敗北した側の方が損失が少ないということはありません。
上海戦での死傷は日本軍約4万、中国軍約8万とされていますから、中国軍の戦死も約2万くらいと見込まれます。
>紅卍会の埋葬については、何を主張されているのかよくわかりませんが、埋葬4万というのはかなりの水増しがあると思いますよ。ただし、複数の史料に埋葬4万という数字が出ているので学問としては、その数値を流用するのが筋ということなんですね。
グースさん主張の紅卍字会の埋葬6000人捏造説を可としたところで、中国兵の被埋葬者と上海戦での中国軍戦死者の和は3万3000人を遙かに越しますから、「戦死」には総ての兵力損失を含むというグース説は崩壊します。
>わたしの推計が、中国軍の公式資料より多いんじゃないか?
と言われれば、
>「万単位の大雑把な推計値ですから、1万〜2万は誤差の範囲になります」
>としか言いようがありませんね。
誤差の範囲かどうか、の問題ではありません。
中国軍公式資料の戦死はすべての兵力損失を含む、公式資料は最も正確ということを明言しているのですから、グースさんは戦死・捕虜・失踪が3万3000以下という枠内におさまらない推計は捨てねばならないのです。
つまり、こういうことでしょう。
「南京防衛軍戦力推計」には、「当事国でまとめられ、当事国で刊行された公式報告」は使わなかった。当該HPは適当にまとめたものであって、内容が正しいかどうかは一切責任を持たない。ただ、知ったかぶりをしたかったので書いたまでというもののようです。
まあ、グースさんのHP全体がそうなんですけどね。
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