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グース氏に質問

 投稿者:トラ猫  投稿日:2009年 7月 4日(土)21時44分54秒
  スレがしばらく止まっているようですので、流れとは関係ない質問をさせて頂きます。
否定派の間では蒋介石軍は便衣戦術を用いる、という事になっているようですが、
南京戦以前に便衣兵として捕らえた兵が蒋介石軍の兵士であったとする記録はありますか?
自分で調べた範囲では見つからなかったので史料お持ちでしたら提示下さい。
 

小笠原事件

 投稿者:joe  投稿日:2009年 6月28日(日)21時40分21秒
  以前お世話になった者です。
最近、小笠原事件を知りました。硫黄島ではアメリカが日本兵のしゃれこうべでアレしたという話も聞きましたし、父島では米捕虜をアレだそうですね。どっちもどっちというか戦時の地獄絵図だとは思うのですが、そうしたアレの風習を持たない日本人が、そうした暴挙にでるとはにわかに信じがたいのです。

グースさんは小笠原事件にどんな見解をお持ちでしょうか。
妄言多謝
 

お邪魔します

 投稿者:高円寺  投稿日:2009年 5月26日(火)22時36分36秒
  はじめまして。まだ南京関係は初心者で、勉強の者です。いわゆる「否定派」のまともなHPがないなと思っていたところ、出典が多く載っているグースさんのHPを発見し、大変興味深く見させてもらい、勉強になりました。笠原の著書などを読んだのですが、歴史検証と共に批判相手(東中野氏など)を「妄想」などという言葉で何度も誹謗中傷するなど、感情だけで書いている著書を読んでウンザリしていたところだったので、こちらを拝見してスッキリしました。
これからもHPの発展を期待しております!
 

削除の連絡

 投稿者:グース  投稿日:2009年 5月26日(火)00時08分19秒
  猫インフルさんと思われる方が「管理人」のネームで投稿されたので削除いたしました。  

では、わかるように説明します

 投稿者:グース  投稿日:2009年 5月25日(月)01時10分32秒
  >笠原が「中国軍の「軍事報告」において戦死には捕虜として殺害されたものが含まれる」
>としたことはない。グースさんの捏造。

では、素養のない方にもわかるように説明しますね(笑

(1)まず笠原教授が引用した中国側の戦闘詳報には、行方不明(未帰還者)の集計が存在
していないんですね。

(2)その上で「戦死」については、捕虜として殺害されたものが含まれる可能性が高いと、
笠原教授は言ってるわけです。

(3)公式な軍事報告も、戦闘詳報などの集計になるので、戦闘詳報の戦死に未帰還が含まれる
とすれば、公式報告も同様に戦死に未帰還が含まれることになるでしょう。

特別な注記がない限り、戦死に未帰還が含まれるというのは、私独自の解釈じゃないんですよ。
いわばこの手の学問の常識なんです。

まあ、猫インフルがいくら理屈をこねても史料の内容が変わるわけではないので、
中華民国の軍事報告の内容が信用できないということであれば、それに変わるような、より確度の
高い史料をもってくるべきでしょうね。


>「南京防衛軍戦力推計」には、「当事国でまとめられ、当事国で刊行された公式報告」は使わなかった。
>当該HPは適当にまとめたものであって、内容が正しいかどうかは一切責任を持たない。
>ただ、知ったかぶりをしたかったので書いたまでというもののようです。
推計というのはそういうものですよ。
算定の根拠資料と計算方法が記述されてれば、あとはそれを見た人が妥当かどうか判断するわけで。

軍事報告についてはですね、エントリーを書いた当時は、正直なところ過小な感じがしたんですよ。
ただ過小であるという根拠が説明できないので、なんとなく放っておいた史料なんですね。
その後、研究したところ、上海〜南京間は強固な防衛ラインが構築されていて、中国側の火力も
かなり充実していたということがわかりまして、しかも中国軍は後退しながら戦っていたので
一般に思われてるほど、中国軍には死者が出ていなかったんじゃないかと。

なによりも、中国側の軍事報告に変わるような統計資料がないということが大きいですね。
軍事報告の根拠となった中国軍の戦闘詳報などは、かなり失われてるようで、再算定というのは
現実には無理ですねえ。すると、中国軍の戦死あるいは捕虜として殺害された数について、
同史料覆すのは、学術的にはかなり難しいと思いますね。
 

知ったかぶりをしたかっただけのHPでした。

 投稿者:猫インフル  投稿日:2009年 5月24日(日)23時41分58秒
  >>「戦死に計上した」というのはグースさん独自の解釈にすぎませんね。

>例えば、虐殺派筆頭の笠原教授も、中国側記録の戦死には捕虜として殺害されたものが
含まれる可能性が高いとしていますね。

笠原が「中国軍の「軍事報告」において戦死には捕虜として殺害されたものが含まれる」としたことはない。グースさんの捏造。

>この辺は学問の素養の問題になってくるわけですが、当事国作成の公式資料の戦死について特別な注記がない場合、行方不明で戻ってこないものが含まれると解釈するのは
この手の学問の常識になります。

軍事報告で戦死が確認されないものを戦死と報告する例はない。「戻って来ていない」という状態を報告する必要があるならば、「損失」とすればよいだけの話。いろんな種類の損失をひっくるめて「戦死」と表記することはない。これは世界の常識、世間一般の常識。


>>1941年からは戦死・戦傷に加えて、失踪という項目が出現します。
>>失踪は1940年までは戦死の中に含まれていたものを新たに分類したものなのか、
>>それともこれまでの分類に計上されなかった範疇を新設したものなのか。


>当該資料は軍事報告であって、戦力の増減を示す目的で作成されたものなので、大量の未帰還者を統計から外す理由がありませんから、もともと、戦死に含まれた未帰還を、失踪という形で分割したとしか考えられませんよ。

戦力の「増減」を示す台帳ならば新兵徴募があるはず。戦力の増減を示すのではなく、表記のごとく被害の状況を示すものである。どうもグースさんはやけになっているようです。

>ちなみに、なぜ「失踪」が追加されたのか推測しますと、未帰還兵の中には汪兆銘の
南京政府側で生存しているものが相当数確認されたからではないでしょうかね。

蒋側の中国軍が傀儡軍の生存兵を見つけられるというグースの思考回路が不思議です。
傀儡軍兵士は自軍の戦力ではありませんので、自軍の「戦力の増減」に表記することはありません。このような説明を考えつく、グースさんが哀れです。


>>日本軍は11月8日までに9115名の戦死者を出しています。中国がいくら準備して陣地戦に臨んだとしても終局は敗北して撤退しているのですから、日本軍より被害が少ないわけはありません。

>203高地の例を挙げたと思いますが、勝利した日本側の損害はロシア軍の5倍でしたよね。陣地戦の場合、攻撃側が苦戦するというのは常識的なことですので、中国側の被害が少ないとしても別に不思議はありません。


203高地攻略は旅順攻略戦の一局面である局所的陣地戦ですから、広大な地域を巻き込んだ上海戦と比較するのは当を得ません。比較するなら上海戦と旅順攻略戦です。

グースさんが主張したのは上海−南京戦の戦死項目は純戦死に捕虜(殺害されたと生存を問わず)と失踪を含む戦力の損失であるということでした。

旅順攻略戦では日本軍の損失は15000名の戦死、ロシア軍の損失(戦死、捕虜)は28000名を越えます。小規模の局地戦闘でならばまだしも、一地方を巻き込む大規模な激戦において敗北した側の方が損失が少ないということはありません。

上海戦での死傷は日本軍約4万、中国軍約8万とされていますから、中国軍の戦死も約2万くらいと見込まれます。


>紅卍会の埋葬については、何を主張されているのかよくわかりませんが、埋葬4万というのはかなりの水増しがあると思いますよ。ただし、複数の史料に埋葬4万という数字が出ているので学問としては、その数値を流用するのが筋ということなんですね。

グースさん主張の紅卍字会の埋葬6000人捏造説を可としたところで、中国兵の被埋葬者と上海戦での中国軍戦死者の和は3万3000人を遙かに越しますから、「戦死」には総ての兵力損失を含むというグース説は崩壊します。


>わたしの推計が、中国軍の公式資料より多いんじゃないか?
と言われれば、
>「万単位の大雑把な推計値ですから、1万〜2万は誤差の範囲になります」
>としか言いようがありませんね。

誤差の範囲かどうか、の問題ではありません。
中国軍公式資料の戦死はすべての兵力損失を含む、公式資料は最も正確ということを明言しているのですから、グースさんは戦死・捕虜・失踪が3万3000以下という枠内におさまらない推計は捨てねばならないのです。


つまり、こういうことでしょう。
「南京防衛軍戦力推計」には、「当事国でまとめられ、当事国で刊行された公式報告」は使わなかった。当該HPは適当にまとめたものであって、内容が正しいかどうかは一切責任を持たない。ただ、知ったかぶりをしたかったので書いたまでというもののようです。
まあ、グースさんのHP全体がそうなんですけどね。
 

素養の問題ですね

 投稿者:グース  投稿日:2009年 5月24日(日)00時33分45秒
  >「戦死に計上した」というのはグースさん独自の解釈にすぎませんね。
例えば、虐殺派筆頭の笠原教授も、中国側記録の戦死には捕虜として殺害されたものが
含まれる可能性が高いとしていますね。
この辺は学問の素養の問題になってくるわけですが、当事国作成の公式資料の戦死について
特別な注記がない場合、行方不明で戻ってこないものが含まれると解釈するのは
この手の学問の常識になります。


>1941年からは戦死・戦傷に加えて、失踪という項目が出現します。
>失踪は1940年までは戦死の中に含まれていたものを新たに分類したものなのか、
>それともこれまでの分類に計上されなかった範疇を新設したものなのか。
これは考えるまでもありませんよね?
当該資料は軍事報告であって、戦力の増減を示す目的で作成されたものなので、大量の未帰還者を
統計から外す理由がありませんから、もともと、戦死に含まれた未帰還を、失踪という形で分割したとしか
考えられませんよ。
ちなみに、なぜ「失踪」が追加されたのか推測しますと、未帰還兵の中には汪兆銘の
南京政府側で生存しているものが相当数確認されたからではないでしょうかね。
この辺は中国戦線の特殊事情になりますが、「未帰還=死亡ではない」という認識が
生まれたということは、それ以前は「未帰還=死亡」と考えていたということになるでしょう。


>いったい、南京戦までの間に中国軍戦死者が何人あったと推定されるのでしょうか。
中国側の公式史料に準拠しますよ。

>日本軍は11月8日までに9115名の戦死者を出しています。中国がいくら準備して陣地戦に臨んだと
>しても終局は敗北して撤退しているのですから、日本軍より被害が少ないわけはありません。
203高地の例を挙げたと思いますが、勝利した日本側の損害はロシア軍の5倍でしたよね。
陣地戦の場合、攻撃側が苦戦するというのは常識的なことですので、中国側の被害が少ないとしても
別に不思議はありません。


紅卍会の埋葬については、何を主張されているのかよくわかりませんが、埋葬4万というのはかなりの
水増しがあると思いますよ。ただし、複数の史料に埋葬4万という数字が出ているので学問としては、
その数値を流用するのが筋ということなんですね。


>この数日間、中国軍資料が正しい、当事国だ、公式資料だ、学問的だなどと言い続けて、
>苦労して作った自分の論考を否定し続けていたのです。あーあ、呆れた。
この辺も学問の素養の問題なんでしょうね。
わたしの推計が、中国軍の公式資料より多いんじゃないか?
と言われれば、
「万単位の大雑把な推計値ですから、1万〜2万は誤差の範囲になります」
としか言いようがありませんね。
推計のアプローチの方法はいくつかあるわけですが、当初15万、捕虜殺害8万というトンデモ説
対する反論なので、個々の部隊戦力を「大きく見積もって」の推計になります。
公式資料よりもグース推計のほうが正確だと主張するつもりは毛頭ありませんよ。
 

あーあ、呆れた。

 投稿者:猫インフル  投稿日:2009年 5月23日(土)23時28分1秒
  ○当事国の資料について
>戦死者数については「当事国の公式資料に準拠」するのが一般的なんです。
というのはなぜかと言いますと、戦場に送り込んだ人数は、当事国が把握しているわけですね。
>また原隊に復帰した人数も、当事国でないと把握できませんからね。

同じことを繰り返しているだけですね。
戦死者=戦場に送り込んだもの−原隊に復帰したもの、ではないことは自明のことです。
>特に行方不明などの注記がない場合は戦死に含まれると解釈するのが一般的な解釈となります。

同じことを繰り返しているだけですね。当該資料が未帰還者の取り扱い上どうしたかという資料は提示がありません。ということは「戦死に計上した」というのはグースさん独自の解釈にすぎませんね。



このようなことは当事者である中国軍にとっては自明のことなので、当該資料そのものにはあえて記録していないものなのですよ。

資料を示します。中国軍兵士と日本軍兵士の戦死者数の比率です。
中国の資料は「中華民国外交史料彙編」15 国防部史政局製で何上将抗戦期間軍事報告と数字はほぼ同一です。日本の史料は陸軍の編纂したものです。ただし、1940年からは正確な数字が残されておらず、概数の推定です。
中国国防部発表の資料ではなんと、1941年からは戦死・戦傷に加えて、失踪という項目が出現します。

失踪は1940年までは戦死の中に含まれていたものを新たに分類したものなのか、それともこれまでの分類に計上されなかった範疇を新設したものなのか。

中国戦死者数/日本戦死者数の比率を取りますと1940年までは3.36、1941年から1945年までは3.35です。中国戦死者数+失踪数/日本戦死者数を計算しますと、(当然、1941年から1945年までの数字)5.16になります。

失踪がもとは戦死に含まれていたとすると1941年以後は急に日本軍が強くなったことになり理屈に合いません。失踪の項目は戦力の実態をよりよく表すために新設されたとしか考えられません。



○資料の比較について
>いわゆる「南京戦史」という日本側の研究で、
>>「戦死・約3万人、生存者約3万人、撃滅処断1万6000人」
>としているのは、それぞれ推計値であって資料そのものではないんですね。

■ひとつ勘違いしておりました。『南京戦史』の「生存者」は渡江、突破成功、釈放、収容所、逃亡であるので、渡江、突破成功の部分は原隊へ復帰したものとなります。訂正しておきます。

『南京戦史』によれば、戦果、すなわち、戦死、捕虜処断、捕虜収容数合計は5万2200になります。ちなみに板倉は5万、秦は9万、自軍の損失を少なく見積もりたい、譚道平さえ3万6000と見ています。

グースさんは、上海−南京戦の戦死者数+捕虜殺害数+生存捕虜が3万3000人だった、「当事国」が作った「公式資料」だから、これを信用せよ、それが学問的である、と言われるわげてす。いったい、南京戦までの間に中国軍戦死者が何人あったと推定されるのでしょうか。日本軍は11月8日までに9115名の戦死者を出しています。中国がいくら準備して陣地戦に臨んだとしても終局は敗北して撤退しているのですから、日本軍より被害が少ないわけはありません。

紅卍字会は43000人を埋葬したと言われます。そのうち12000人は民間人であったとされますから、中国兵の死体は31000人あったということになります。すると、紅卍字会埋葬資料ひとつだけで、南京戦以前の戦死者はわずか2000人しかいなかったということになります。

グースさんの新説、中国軍損失は3万3000人を大幅に下回る、が認められるには相当頑張らないと無理ですね。


>そうなれば南京戦史の推計である生存3万よりも、大幅に中国軍の生存者は多かったことになるでしょう。

生存者の数は論点ではありません。生存者の数については最もよく知っていた中国軍が何の史料も残していません。つまり、「当事国の公式資料」はないのです。また、南京戦に参加した兵員数の「公式記録」もありません。信頼できる資料がないので南京戦参加兵員数から生存者を減じたら「損失」がわかる、というのは間違いです。



さて、グースさんは「南京防衛軍戦力推計」において、自ら

> これらを考慮すると、各史料と最も整合性があるの
は、12月10日頃の動員兵力が約8万〜9万(雑兵含
む)。脱出成功および逃亡など生存が4〜5万。差し引
き4〜5万から戦死をマイナスした分が、捕虜・便衣兵と
して処刑された分と考えられます。日本軍に捕獲後殺害
された概数としては2万〜3万といったところでしょう。

と述べています。すなわち自身、「戦死および、捕虜・便衣兵として処刑された分」で4−5万人と言っているのです。

この数日間、中国軍資料が正しい、当事国だ、公式資料だ、学問的だなどと言い続けて、苦労して作った自分の論考を否定し続けていたのです。あーあ、呆れた。
 

崇善堂

 投稿者:グース  投稿日:2009年 5月23日(土)01時36分4秒
  崇善堂については、史料が出揃っているので議論は終わってます。
(1)埋葬は南京特務機関が自治委員会を通じて紅卍会に依頼
(2)紅卍会が幹事となって埋葬活動は行われた
(3)埋葬に活動に参加した各団体ごとに埋葬記録はあるが、同じ地域での重複があるので単純な合算はできない。
(4)外国人や日本側の史料によれば、埋葬された死体の数は約4万。
  これは幹事である紅卍会の記録に準拠しているものと考えられる。
  それ以上に十万規模で死体が存在したという史料はない。
(5)崇善堂は3月で埋葬活動を終了している(4月に10万埋めるのは無理)

結論 東京裁判に提出された崇善堂の埋葬記録は捏造である。

まあ猫インフルさんが個人的にいろいろ解釈するのは自由ですが、史料の内容は変わらないので
史料から導き出される学術的な結論を変えることはできないと思ってください。

特に史料の提示がない場合は、以後の投稿につきましては削除いたしますので
よろしくお願いします。
 

南京戦史の推計

 投稿者:グース  投稿日:2009年 5月23日(土)01時19分28秒
  基本的な資料解釈の部分でいろいろと勘違いがあるようですので
当事国と相手国という呼称で説明しますね。

○当事国の資料について
戦死者数については「当事国の公式資料に準拠」するのが一般的なんです。
というのはなぜかと言いますと、戦場に送り込んだ人数は、当事国が把握しているわけですね。
また原隊に復帰した人数も、当事国でないと把握できませんからね。
この差が戦死になるわけですから、当事国の史料に準拠するのは当然といえば当然なんですよ。
公式報告は、戦闘が終わってある程度の期間をかけて編集されるものになります。
つまり、編集が終わるまでの期間に、本隊に戻ってこないということは、生存しているという根拠が
ないわけですから、戦地で死亡したものと考えることにならざる得ないわけです。
未帰還者を行方不明とするか、戦死に計上するかは単なる書類上の分類の問題にすぎないことで
特に行方不明などの注記がない場合は戦死に含まれると解釈するのが一般的な解釈となります。

○相手国の資料について
中華民国を当事国とした場合、相手国は日本ということになります。
相手国側では、戦果として当事国(中華民国)の被害が報告されるわけですが、戦果報告は過大になる
傾向が強く、当事国と相手国の数値は一致しないのが通例なわけです。
ですから、戦死者数につきましては、それぞれ当事国の公式資料に準拠するのが学術的にはあたりまえ
のことになります。

○資料の比較について
いわゆる「南京戦史」という日本側の研究で、
>「戦死・約3万人、生存者約3万人、撃滅処断1万6000人」
としているのは、それぞれ推計値であって資料そのものではないんですね。
また、推計の方法も日本側の戦果に準拠している部分があるので、過大な方向にバイアスが
かかっている可能性が高いです。

いま手元に資料がないんで記憶になりますけど、現存する中国軍の記録によれば原隊に復帰した
ものが約3万5000人です。ただし4個師分の記録は今のところみつかってませんので、
おそらく生存は4万〜5万くらいにはなると思います。
そうなれば南京戦史の推計である生存3万よりも、大幅に中国軍の生存者は多かったことになるでしょう。

ということで、学術的に冷静にですよ、南京戦史推計と中国側公式資料を比較した場合には、
当事国である中国側資料のほうがより実態に近いであろう。
と、解釈することになります。
 

以上は、新着順221番目から230番目までの記事です。 19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  |  《前のページ |  次のページ》 
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