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ものは試し

 投稿者:えむ  投稿日:2011年 6月28日(火)21時40分17秒
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   我が家のすぐ前に、隣保班のごみ置き場がある。不燃物・埋め立てごみは置けない決まりなのだが、時々違反者が出る。通りがかりの不心得者の仕業の可能性もあるが、実に腹立たしい。今日も今の隣保班長と相談の上で警告文を各家庭に配ることにして、PCを立ち上げWORDを開いた。その作業はすぐ終わったが、山ユ掲示板のことを思い出しクリックしてみたところ、なんと健在ではないか。「投稿」可能なものならば皆さまへのご挨拶をと思い試している次第である。長い間拙文におつきあいいただいてありがとう、そして保守のサンポーさんありがとう。  
 

ありがとうございました。

 投稿者:S.Aでーす  投稿日:2011年 6月27日(月)20時52分9秒
返信・引用
   ここ数週間、仕事(個人別懇談会)と雑用に追われて(梅干し作り、畑の手入れ、園芸など)PCを開く間もありませんでした。
 久しぶりにメールチェックしてHirokoさんからのお知らせにびっくりして掲示板を開きました。
 本当に閉鎖されるのですね。長い間お世話になりました。、
皆さまからの投稿を拝見する場がなくなるのは寂しい限りですが山ユの組織はしっかり継続されていますので、お会いできる日を楽しみに元気ですごしましょうね!!

 サンポーさん、みなさま、、ほんとうにありがとうございました。

 

さようなら、山ユ掲示板

 投稿者:Hiroko  投稿日:2011年 6月27日(月)19時49分58秒
返信・引用 編集済
  いよいよ今日で山ユ掲示板ともお別れ。あと数時間です。
昨日閉鎖を知ってからは、心忙しい思いで過ごしました。アドレスの分かるお仲間数人に連絡したり、おそらく最後になるだろう投稿をしたり、最近の自分の投稿を保存したり。
投稿原稿は初めはその都度保存していたけれど、その後は横着になり先延ばししていたので、昨日からまとめて‥。ところが久しぶりだったので、掲示板からの保存方法を忘れていて、思い出すのに結構手間取りました。(笑)
閉鎖に間に合わなかったら‥と思うと焦ったけれど、先程漸く終わってホッ!残念なのは、2009年までしか遡れないこと。以前掲示板に書いたことですが、たび重なるパソコンの不具合や騒動で、過去の大切な文書や写真を殆んど失ったためです。投稿を始めた2007年と次の2008年の分とが、どこを探しても無い、無い‥。
誰か保存していらしたらコピーを頼んでみたい、いやいやそんな面倒なことは誰もしていないだろう‥と、自問自答しています。

それはそうと、掲示板は今日までだそうだけど、夜中の0時でバサッと画面が消えるのかなあ?だとしたら、その瞬間を見届けたいなあ。
真夜中だからまさかお仲間に連絡し合うことはないけれど、消える瞬間を見届けたら、「掲示板ありがとう、サンポーさんありがとう。皆さんありがとう。」とつぶやいて、一人お茶でも飲みたいな。
次回親睦会まで、皆さんとはしばしのお別れ。どうぞお元気で。
 

ご無沙汰していました。

 投稿者:治美ちゃん  投稿日:2011年 6月27日(月)13時39分8秒
返信・引用
  Hirokoさんからのメールを今朝受け取りました。
長い間,サンポーさんのご尽力で楽しませていただきました掲示板がいよいよ閉鎖されるとのこと。毎日が多忙で、なかなかこの掲示板にもおめにかかっていませんでした。
3.11以来観る機会もなくて。。。

有難いことに、この年になっても長年、塾の仕事が忙しくて毎日があっという間にすぎます。
関東支部のみなさんとは1年に2回おめにかかります。ブランコさんとは時々コンサートなど
でご一緒しますが。
この掲示板は長年みなさんの情報をしる手がかりでした。
どうぞ、みなさんもずっとお元気で
また、次回の全国大会でお会いしましょうね。
 

たくさんたくさんありがとう

 投稿者:Hiroko  投稿日:2011年 6月26日(日)07時59分4秒
返信・引用
  おはようございます。
先程、サンポーさんからの『お知らせ(緊急)』を拝見しました。

私が初めて投稿し、お仲間入りしたのは、確か2007年の初めだったと思いますから、ちょうど4年半の間を楽しませてもらったことになるのですね。
4年半‥とても短いように感じます。本当はもっともっと長かったのではないか?‥そんな錯覚をしそうです。それほど、私にとっては、長い長い濃い期間だったような気がします。
掲示板は、第2のOBOG親睦会そのものでした。お会いしてはいなくても、まるでどこかの会場に集まり、わいわい楽しく語り合っているような‥そんな楽しい場所でした。開けばいつも諸兄姉のお声が聞こえて来ました。また、たとえ実際には投稿なさっていなくても、掲示板の向こうにお顔が拝見出来る気がして、数年に1度の親睦会と同じく大切なものとなっていました。

こんなに楽しい大切な場を提供してくださって、サンポーさん、本当にありがとうございました。投稿された諸兄姉、読んでくださった諸兄姉の皆様、ありがとうございました。
まだまだたくさんお礼を書きたい気持ちですが、すぐには言葉が見つからないのでここでやめます。でも、いっぱいいっぱい感謝しています。
 

ユネスコの「世界遺産」登録の件

 投稿者:湘南のK  投稿日:2011年 6月25日(土)20時20分8秒
返信・引用
   昨日は小笠原諸島がユネスコの世界遺産に登録されたとのことで、日本中が大賑わいでした。続いて東北の平泉も、ユネスコの正式会議で明日こそ認可間違いなしと湧いている今日この頃です。平泉がすんなりと認可されれば喜びが続く訳ですが、こればかりは世界の世論?との関係で決まりますから、もう数時間待ちましょう。万一ダメになったとしても、数年後には必ずや実現するのは間違いない事でしょう。
ところで先日、同じユネスコの「記憶遺産」で、山本作兵衛氏(福岡県飯塚市出身・故人)の炭鉱絵画が、日本では初めての正式登録決定とのニュース、本当に嬉しい出来事でした。関東ではあまり大きなニュースとなっていなかったようですが、西日本各地ではどうだったのでしょうか。
「記憶遺産」なるものが、どういうものかは最近まで知らなかったことですが(ベートーヴェンの『第九』も入っている)、その値打ちとしては他と比べても遜色ないもので、素晴らしいニュースだと思います。
飯塚、田川の両市、福岡県、更には永年に亘って炭鉱産業と関わってきた全国諸都市の皆様に、心からのお祝いを送りたいと思います。

(追伸:今投稿しようと開いてみて、サンポーさんの通知文を目にしました。期限までどれだけの方々が、気付くか分りませんが、感慨深いものがあります。

この掲示板は、『山ユOB・OG会、横浜大会』が終わって、サンポー氏のご尽力で開設されたもので、あれから色々紆余曲折はありましたが、山ユ諸兄姉の協力もあって、今日まで継続されたものです。
ここ数年、不具合もありながらも一部会員の懸命なるご努力もあって、辛うじてその生命を失わず、今日に至ったものです。
私が、こうした挨拶を申し述べる資格は毛頭ありませんが、たまたま閉幕の予定を知ったことでもあり、敢えてこれまでのご協力・ご尽力に対しまして、心から御礼申し上げます。
サンポーさん、永年に亘りまして、体調不良など種々ご苦労の中、本当に有難うございました。
 

お知らせ(緊急)

 投稿者:サンポー  投稿日:2011年 6月24日(金)14時54分1秒
返信・引用
  山ユの皆様へ
 永年掲示板をご利用いただきありがとうございました。
突然で恐縮ですが、6月27日をもちまして停止させてください。ホームページを停止しました時点で掲示板も停止したつもりだったのですが、手続きの漏れで、掲示板だけは生き残っていました。
 近日中にインターネットの機能を削除することにしました。不具合が発生しましても手を打つことが不可能になりましたので、ご了承よろしくお願いいたします。
                  掲示板担当者 タナカ
 

最近のツイッター投稿文より数例

 投稿者:湘南のK  投稿日:2011年 6月10日(金)15時22分2秒
返信・引用
  私の自分用の落書き帳(ツイッター)より、数例書き出してみます。あまり個人的なことは触れていませんが・・・。

今日、町内の公民館ニュースで知った事だが、私の住んでいる正にその敷地付近から、36年前に造成工事現場で(学生が発見)「ナウマンゾウ」の化石が発掘されたとの事だ。今まで知らなかったのが不思議である。約13万年前頃生息し、絶滅した種らしい。神奈川県に22例が既に見つかっているとの事。


「目途が立つ」の解釈についてが、大ニュースとなっている。。今年の流行語大賞は、この「目途」と「想定外」の二つになりそうだ。どちらの言い分が正しいとか嘘とかは全く関係のない話だ。そもそも採決の1時間前の二人の話し合いに基づいて、信念を放棄して採決の行動をとった事からして問題である。


敵は本能寺にあり。今日は、織田信長が明智光秀の裏切りで、1582年に討たれた歴史的な日である。菅総理が、織田に擬せられる訳ではないが、永田町での愚行は何を意味するのであろうか。政治家と称する厄介者とマスコミで飯を食っている傍観者達は、一体何を考えているのか。後世の人が呆れる話だ。


現在の人類の原型・ホモサピエンスがアフリカに現出したのが、20万年前のこと、当初は当然乍ら言葉を有していなかった。その状態が15万年間続く。5万年前になり言葉が生まれる。その結果彼らは世界各地へと拡散して言葉が分かれる来る。文字の発明は5千年前のことらしい。今朝金田一氏に学んだ。


五月晴れの土曜日朝。窓を開けると、軽快な吹奏楽の音が響いてきた。近くの(と言ってもかなり距離あり)中学生の演奏だ。続いて校長先生の挨拶、校歌?斉唱等などがよく聞こえる。今日は夏季運動会の日なのだ。或いは春季の予定が遅れて開催なのだろうか。浜風ならぬ夏の朝風は音声をよく運ぶものだ。


間宮林蔵が苦心して樺太が一つの島ということを発見するまでは、半島だとばかり思われていたのだから驚く。日本列島もその昔、遠方から流され寄って今日の形を作り上げた訳だが、一つのプレートが、別のプレートの下にもぐり込んでいる実態が不変である以上、いつか地震が勃発するのは免れ得ぬことだ。


久しぶりにセ・リーグの順位表を新聞で見た。ヤクルト、広島、横浜、中日、阪神、巨人とあるではないか。昨年の上位3チームが、揃って下位の半分を占めているのが面白い。これだけを見ると、なんだーと言うことだが、実は1位から最下位まで団栗の背比べと言った所で、殆ど大差がない。ここがミソである。


河田恵昭著「津波災害」(岩波新書)を漸く読了した。昨年12月に発行したものだが、2か月後に、東関東大震災が起ころうとは、神の身ならぬ氏も驚愕したに違いない。これを読むと、津波の起こる原因、その特徴、問題点等が克明に記されていて、数年後に読む読者なら今回の災害後の記述と思うだろう。

今ではクラシックとは無縁の人でも、知っているベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」付。10代の頃からの構想を30数年かけて作曲し1824年の今日、初演をしたと言う。その時彼の耳は殆ど聞こえなかったが、ブラヴォーの歓声に5回も舞台に呼び戻されたらしい。日本では年末の恒例行事となった。

 

3.11と俳句

 投稿者:えむ  投稿日:2011年 6月 1日(水)21時24分48秒
返信・引用 編集済
   あれこれ・・・文芸の力?について

 三・一一からもうすぐ三ケ月。原発事故のおまけまでついて震災そのものの復興の
確かな端緒もまだ見えてこない。連日報道された惨状に心を痛め、何とかしてその気持ちを詩(うた)に残したい。また詩に人を元気づける力ありとせば、この気持ちの一端でも伝えたい。詩を志すひとはそれをずっと考え続けていることだろう。
 このほど、当地の熊本日日新聞の今年度俳句大会が開かれた。投句締切が震災より後だったので多くの震災関連の句が予想された。選者は前『古志』主宰の長谷川 櫂。氏の選句も注目された。

 天賞    震災の人ら思ひつ菊根分け         西川順子

 (選者評)被災地以外の人は震災をよんではいけないという人がいる。これはとんでもない邪説。民族や人類の運命をうたうことこそ詩人の第一の仕事である。この句は被災地を遠く離れてこそよめた震災の一句。俳句は風流のもてあそびものではない。

 秀逸    花万朶海の闇より戻られよ          平山友頌
       春の海大蛇と化して町を呑む         中原久勝
       気まぐれな海神地神春無残          清水典子

 入選    冬海荒れ天上の紺深きかな          平野 卍
       月おぼろ何を恨みの海くらし         富永きぬ

 佳作    花人となりて罹災の人思ふ          光永里加

 全1200余句から天賞以下53句が選ばれた。入選句中、約一割が震災関連ということになる。全句はまだ入手していないので比率は判明しない。おそらく入選句中の割合と似たものであろう。

 同じく、熊日文芸欄の短歌欄、選者は伊藤一彦。

 一席    レジに来て菓子パン返し少年は募金の箱に千円入れぬ   坂口美穂子
 五席    シーベルト・ベクレル・ヨウ素・セシウムと
           不気味な文字の躍り出て来る           増永誠子

 九席    被災者の悲しみしかと受けとめて咲けよ咲け咲け日本の桜 上野絹恵

 今週の入選23首中6首を占める。俳句との違いがおわかりいただけると思う。「冬海荒れ・・・」の句を引いたのは深読みかもしれない。「菊根分け」のように自分は何も言わないのが俳句。「レジに来て・・・」は短歌としては珍しく無言の相あり。静かに読むと涙をさそわれる。

 俳句雑誌でも震災特集を組んでいる。主要俳人の句を見てみようか。

 人間の力信じよ花辛夷                  茨木和生
 春光に癒えよと思ふばかりにて              大峯あきら
 木の芽こぞりて大丈夫日本人               大牧 広
 耐え忍ぶ力はしづか春動く                伊藤通明
 みちのくの同胞にこそ花盈(み)ちよ            奥坂まや
 葦(あし)芽(かび)のごとくにふたたび国興れ        長谷川 櫂
                    (以上『俳句』五月号特集)
 長谷川は震災に打ちひしがれて作れないのは俳句が無力なのではなく、当人の俳句が無力なのだと辛辣である。震災以降の各俳誌を見るといわゆる上級者(無鑑査同人・特待同人)欄ほどこの未曽有の出来事を無視しているかのごとき感がある。かといって十七文字、三十一文字に織り込むには事態はあまりにも多岐・悲惨なのである。
 たとえ拙劣でもよい、ことによっては「無季」句となろうとも詠み遺しておきたい一心で悪戦苦闘している。
 

元気です!

 投稿者:風のぶらんこ  投稿日:2011年 5月25日(水)10時36分29秒
返信・引用 編集済
   昨夜、本当に何の偶然でしょうか、この掲示板を一年半ぶりに覗いてみてびっくりしました。掲示板健在なりと確かめられたこと、そしてまさに、hirokoさんが私に呼びかけて下さった投稿にゆきあったこと・・!
 風のぶらんこ(一時、ヤマボウシ)元気にしております。皆さまも、そして、ご家族のどなたも災禍なくご無事のようで何よりです。お久しぶりですね! 懐かしく、皆さまのお顔を思い出しております。なぜか、山ユ掲示板の閉鎖という思い込みから逃れられず、その後、治美ちゃんからyahoo経由で検索できることは知っていたのですが、今日までの無沙汰をしておりました。そのため、これまでのやりとりを知らず、私は闖入者となっていることと思います。お許しくださいね。

 私たちは、東日本、日本全土を襲った未曾有の大震災を生きて経験しました。たとえ、被災地でなくても、この震災は私たちの心に深く、鋭く棘を刺し、その後も小さな疵のようなものを残したまま、収束のつかない日々をやり過ごしています。平静であろうと努めてはおりますが、誰の心にも喩えようのない翳りをもたらしてくれました。
 被災地では復旧・復興に向けて力強く踏み出しています。東北人の粘り強さを糧に、それぞれの出来ることを出来るかたちで支え、共有してゆきましょうね。

 何からお話すればよいのでしょう・・。書くうちに涙が滲んできます・・。
そうですね、卑近なことですが、この一年半の間に二人の孫が生まれました。この私が、ばぁばになりました。次男の嫁の出産に、実母と廊下で立会い、産声を聞きました。2010年1月24日、大寒の頃に女児が生まれました。
 「大寒や眉太き嬰の生まれけり」(切れ字が二つという間違いを犯しております)という迷句が出来ました! それから7ヵ月後の8月27日、長男に男児が生まれました。予定日を10日も過ぎて生まれたのでタイヘンな騒ぎでした。こちらも廊下で立ち会いました。
 「母の名の書かれし嬰(やや)よ秋涼し」。実景どおりの平凡な句が出来ました。

 えむさんの手ほどきで俳句入門をしております。文章を書く仕事をしていたので、また、学生時代に講義で習ったので何とかなるかと思って始めたら、似て非なるものだと気づきました。締切間際に宿題を出す小学生のような状態です。

 家族が増えたことで世間一般の行事をすることになり、私はいやおうなしに家族の中心に座り、あれこれと仕切ることになりました。「仕切る」ったって、大抵はおさんどんです。
苦手な料理をこさえ、嫁の育児のサポートに嬉しく奔走し、そして、慣れない役目に疲れてへたってしまったり・・。一家の中心になって気遣いをするのはタイヘンな役目ですね。
 それにも何にも増して、私の太極拳狂いはいささかも衰えず、週5のジムでは飽き足りずに自主サークルを作り、日本の太極拳連盟に加入し、日本の講師にもついて研鑽しております。飛び級で個人検定に挑戦し、上位を狙っています。(ど~でもいい挑戦・・)

 そんなこんなで、毎日、ばぁば仕事に勤しんでおります。昨晩は2キロのラッキョウを粗漬けしたあと、この掲示板を覗き、長々と震災時のことを書いていざ投稿のクリックを押したら見事に削除してしまいました。
 どうぞ、今度はうまくいきますように・・!(祈る)

 

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